日記

ちょんまげの始まり

毎日新聞で松尾スズキ氏が連載しているコラム、私は毎回楽しみにしておりまして、先日のコラムでは「ちょんまげ」について、あのようなエキセントリックな髪型はどのようにして生まれ、定着したのか・・・というようなことをちらりと述べておられました。
私は「あぁっ!!」って思った。
何故なら私は多分その始まりを知っているからだ。ぜひ教えてさしあげたい!(うるさい!て言われそうだけど。)
まだ誰にも発表していない説なんであるが、これはもう間違いないといって良いと思うのだ。
こういうことだ。
昔々、日本の(平安時代以降)あるところに、あるお殿様がおりました。
この殿様は大変優れた方で、善政を施し、人望も厚く、たくさんの家来からも慕われ信頼されておりました。この殿様のためなら命など惜しくあるものかと思う者も少なくなかったくらいです。
殿様の治める領地は平和そのものでした。
しかし、このお殿様には一つだけ悩みがありました。
髪が薄くなってきたことです。頭頂部が寂しいのでした。つまりてっぺんハゲなのでした。毎朝、身支度を整えるとき、とても寂しい思いをするのでした。
家来たちは、こんなに立派な殿様なのにこんなことで辛い思いをしているというのは大変気の毒なことだと思いました。
そこで名案を思いついたのです。
全員が頭頂部の毛を剃ってしまうということでした。
そうすればいったい誰がハゲなんだかわからない、という素晴らしいカモフラージュ作戦です。
このコペルニクス的発想の斬新なヘアスタイルは、同じくハゲを気に病んでいる者に積極的に取り入れられるうち、瞬く間に全国的に広がりクールなヘアスタイルとして定着していったのでした、というわけ。
ディテイルは違うところもあるかもしれない。殿様ではなく、武士仲間のリーダーであったかもしれない。しかし大体こんな感じに違いないと思うのだ。
あのユリウス・カエサルだってハゲを気にしていたそうで、凱旋将軍になったとき月桂樹の冠を被ることを許されたのを何より喜んだという。
古代より国境を問わず髪の悩みは不変かつ普遍なのだ。
あ、あれだってそうじゃないのか? 中世のカトリックの修道士のあのカッパみたいな髪型、あれだってそもそもはハゲ・カモフラージュであったのに違いない。
如何だろうか?
考えれば考えるほど私は確信する。
まずは一番身近なハゲである店主に意見を聞いてみようと思う。
 

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